INSTRUCTOR INTERVIEW

高山英士さん
3年間はとにかく自身のスキルアップに集中したい
高山英士さん

LA BODY 契約インストラクター
ウェーブリング・ウェーブビクス認定
JAFA /ADI

現在、フィットネスクラブのスタジオセクションを牽引している大きな波と言っても過言ではないのが、若手男性インストラクターの台頭だ。先日、ピラティスアライアンス代表で体育学と経営学の修士号を取得し多方面で活躍をしている高田香代子さんからお誘いを頂き、とある研修会場を訪れた。その際に、噂(!?)の若手男性インストラクターの面々とお会いする事ができた。
 正直、見た目は今風な感じの彼らを「果たして社会人としてどうなんだろう?」と完全に斜めから見ていた私だが、会って話してみるとその印象は180度違うものだった。皆一様に礼儀正しく、全身から純粋なパワーを発している。いい意味で野心に溢れ、目の奥から放たれる〝爽やかなギラつき感〟は今の時代を象徴しており、消費者ニーズを完全に理解した存在なのだと感じた。それぞれが個性に富んだ面々なのだが、今回はその中でも特にピュアなエネルギーを放っていた高山英士君にお越しいただいた。
 現在は関東を拠点に活動をしている高山君だが、生まれも育ちも生粋の広島男児だ。広島男児と言うと、〝筋が通っていないことは大嫌い〟〝負けず嫌い〟など熱い男の象徴のように語られることもしばしばだが、当の高山君はどうなのだろう。「勝負事、大好きです!」
 目を輝かせ、端正な顔立ちの中に広島男児らしい勝負師の一面を覗かせた。学生時代は陸上部に所属していたという高山君。なんと100メートルを10秒台で駆け抜ける俊足の持ち主だ。その俊足を活かし、2年前にとある勝負事に参加したという。「兵庫県の西宮神社で、毎年行われる開門神事福男選びレースに出てみました」
 毎年、テレビのワイドショーなどでは必ず取り上げられているこのレースは皆さんにも馴染みが深いのではないだろうか。その結果は。「数千人の参加者の中で福男の称号がもらえる3番目前で横から差され4番に終わりました。自称、4番福って言ってますけど(笑)」
 茶目っ気たっぷりに話してくれたが、相当悔しかった思い出の様だ。前述したように、現在では関東を拠点に活動をしている高山君だが、一年前までは広島で活動をしていた。「広島時代は、あるフィットネスクラブに就職し、社員として全般的な業務を行っていました。その中でもスタジオを中心にやらせてもらっていたのですが、一日5本ものレッスンを担当しなければいけない日もあり、どんどんスタジオプログラムが嫌いになり、会社も辞めたいと考えるようになっていきました」
 そんな時、当時の上司からのあるアドバイスで奮起したという。「退職したいという相談を上司にしたところ、『3年は頑張ってみろ。3年やれば何かが見えてくるから』」
 私自身も3年という時間は、良いことも悪いこともしっかりと形になって表れる時間だと感じている。3年頑張っても成長軌道に乗らない事業は見切る対象とするのに対し、2年目まで大赤字の事業でも、3年目に突然大化けするという事もたくさん経験してきた。そういった経験を踏まえ、3年という時間は将来を判断するには大切な時間だという気がしてならない。だが、昨今は諸々の条件面の相違や些細な人間関係を理由に、半年、一年で担当していたレッスンを辞めてしまうインストラクターがいる。私からしてみれば、せっかく頂いた〝縁〟を何故短期間で切るような事をするのか不思議でならない。3年頑張れば‘縁’と言う深い部分の繋がりは残り、必ず何かの形で次につながるのにとつくづく思ってしまう。高山君はこの上司のアドバイスをしっかり聞き入れ3年間この職場での仕事を全うしたのちに退職、違う職場へと移ったという。「退職後は、リハビリ施設で受傷後のリハビリやトレーニング、ピラティスなどをクライアントに指導する仕事を2年ほど行いました」
 この仕事を行う中で、前職で3年間培ったノウハウがかなり活かされたというから、以前の上司には頭が上がらない思いだろう。そして、あれだけ嫌いだったエアロビクスをもう一度やりたいと思い、東京や大阪で開催されるセミナーなどには足繁く参加し勉強したという。「業界の一線で活躍されている方々のワークショップはどれも刺激的で、将来的にはフリーのインストラクターとして自分も活動したいと考えるようになりました。そして、当時の上司にその事を話したのですが…」
 それまで、軽快な口調で話してくれていた高山君だったが、ここで表情が曇った。「僕がワークショップなどに参加している事を会社の方々はよく思っていないという事を聞かされたんです」
 ここで、高山君の気持ちが切れてしまう。本来は半年以上先の退職と考えていたのだが、その場で会社を辞めてしまったという。「日頃から生意気な発言もしていましたし、上司にも平気で意見を言っていましたから、会社の方々によく思われていないのは仕方がなかったと思います。当時はやけに尖がっていましたから…」
 お世話になってきた皆に対し、反省の弁を繰り返し私に話してくれた。ただの一言も他人の事を悪く言わず、全て身から出た錆と受け止めている高山君に清々しさを感じた。
 無職になった高山君だが、2か月間何もする気になれず、ずっと家でお菓子を食べてはテレビを見る日々だったという。そんな時、以前の職場の同期であり、現在香川で活躍中のフリーインストラクター藤本成紀くんから、「ルーキーコンテストどうする?」という連絡が入ったという。実はこれ、高山君が藤本君を誘っていたのだが、当の本人はすっかり忘れており、今になって「忘れていた」とも言えなくなり、2か月間何もやっていない状況だったが出場を強行することになった。「運よく僕も藤本君もステージ上でインストラクションを行うことができたのですが、その時の事は何も覚えていないくらい緊張しました」
 しかし、この時審査員であった竹ヶ原佳苗さんと井上トキ子さんの目に留まり、東京で活動するきっかけを得たという。「2ヵ月間目標もなく悶々とした生活を送っていたのですが、トップインストラクターのお二人に声を掛けて頂けたことが自信となり、一週間後には上京する決断をしました」
 〝人生の節目〟と言う言葉があるが、高山君にとってまさに重要な節目であったに違いない。そして、いつまでもこの時の事を忘れずに頑張って欲しい。取材も一時間が過ぎ「何か話し足りない事はない?」という私の質問に、恐縮しながら業界内の人間関係について話してくれた。「みんな、もっと仲良く仕事ができないのかなと思う時があります。もちろん色々な事情があるとは思いますが、裏表のない付き合いができればもっと楽しい仕事が生まれると思うのは僕だけではないと思いますよ」
 3年間はとにかく自身のスキルアップに集中したいという高山君。その先の事は何も考えられないというが、〝数年後〟日本を代表するフィットネスインストラクターとして今以上の輝きを放っている事を期待し、今回の章を終わりたいと思う。






取材後記
取材中時折出る広島弁と
容姿とのギャップが滑稽だった。知ったかぶりをしたり、格好つけたりするところが全くなく、身の丈を理解し言葉を選ぶ高山くんに無限の可能性を感じた。「今は全てが楽しく、同世代の仲間たちと一緒にフィットネス業界を盛り上げていきたい」という高山君だが、是非とも一大旋風を巻き起こし、大御所先生のみなさんから「参った」という言葉を勝ち取って欲しい。
INTERVIEWER 丸山 寛

丸山寛
有限会社スポーツゲイト代表取締役社長
有限会社スポーツゲイトホームページ
URL:http://www.sportsgate.co.jp
個人BLOG:http://sportsgate.blog81.fc2.com/