INSTRUCTOR INTERVIEW

Hugoさん
人間は一人だけでは生きていけないわけだから
みんなでハッピーになりたいと思います
Hugo Gustavo Codaroさん

1960 年アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。
ブエノスアイレス体育大学卒。
1983 年日本来日以来エアロビクスインストラクター
1994 年からパークハイアット東京のフィットネス施設スーパーバイザー。
この時期、バー経営、およびアルゼンチンタンゴ歌手としても活動。
2004 年ピラティスインストラクター
2005 年ピークピラティスジャパントレナーの資格を取得
現在は、東京の代々木にあるホリスティックスタジオ エフィのスタジオディレクター
一般の方の指導する傍らインストラクターの教育も手がけ現在に至る。家族は妻と一男二女。

「心地よい前向きなエネルギーを頂いた」 日本におけるピラティストレーナーの第一人者“ヒューゴ グスターボ コダーロ”さんへのインタビュー直後の素直な感想だ。冒頭から、いきなりインタビュー後の感想を書くというのは、物書きのプロの方から見たら、セオリー無視の素人ライターのする事だと怒られてしまいそうだが、はっきり言ってそんな事はお構いないしだと思えるくらい、まず、率直な気持ちを書きたかった。

Hugo Gustavo Codaro。アルゼンチンは首都ブエノスアイレス生まれの48歳。私がNEXTで連載を始めて初の外国の方へのインタビューだ。待ち合わせ時、「すいません、道に迷ってしまって…」と、180センチは優に超える体で、日本人のような小さな会釈を何度も繰り返しながら、待ち合わせ場所に入ってきたその姿をみて、何か安心した。というのもこの連載を始めて、直接面識のない方にお会いし、話を聞くのは初めて。ましてや、外国人…(汗)。しかし、ヒューゴさんのその姿と表情をみて、私の不安は一瞬にして彼への興味と変わった。
「こんにちは、初めましてヒューゴです!」外国の方が日本語を上手に話す場合、「流暢な」という表現を度々使うが、ヒューゴさんの日本語は挨拶を交わしただけで「流暢」をはるかに超えていることが分かるくらい、とてもネイティブな日本語であった。
「日本に来て今年で25年になります。もともと、姉が日本に来ていたのがきっかけです。ブエノスアイレスの体育大を卒業後数年はアルゼンチンで水泳の指導などを行い、その後来日しました」
彼の父は、水球で3度オリンピックに出場という記録を持つ、超スーパーアスリート。そんな父親の背中を見て育ったヒューゴさんも、水泳をはじめ、バレーボール、クラシックバレエ、ダンスなど、多くのスポーツを経験したのち日本での活動を決意する。 

今年で来日25年というと、日本におけるフィットネスの黎明期にあたる。
今ではピラティス=ヒューゴという印象が強いが、来日直後のヒューゴさんは、アルゼンチンでダンスを習っていた経験を活かしエアロビクスのフリーインストラクターとして活動した。青山のワークアウトスタジオや二子玉川にあるスポーツコネクション、原宿のエグザスX-Iなどでクラスを担当。
その後、ビバリーヒルズにあるジェーン・フォンダのワークアウトスタジオに修業に行ったこともあるという。ピラティスのイメージが私には刷り込まれていたが、同じエアロビクスのインストラクターであったことが何故か嬉しく近い存在に感じた。
日本におけるエアロビクスの黎明期を支えたスタジオやクラブで、レッスンを担当していたヒューゴさんではあるが、そんな彼も94年に転機を迎える。
「パークハイアット東京内にあるフィットネスクラブのスーパーバイザー就任を打診されたんです。パークハイアットには13年勤務しましたが、マネジメント、サービスなど、様々な事を学び、本当に良い時間を過ごせました。特にマネジャーには感謝しています。私が提案する企画やシステムには適確なアドバイスを与えてくれ、必ずバックアップしてくれました」
人生の中で、人との出会い以上の財産は無いのではないかと私も思う。自身にとっての利害は関係なく、やはり出会いは大事にしていかなければならない。インタビュー中、ヒューゴさんもしきりにそれを熱く語ってくれた。

「実はピラティスに出会うきっかけも人との出会いでした。たまたま外国から出張で宿泊していたお客様からピラティスの話を聞いたんですね。まだ、日本にピラティスが入る前です。そのお客様からの話を聞いてピラティスへの興味が膨らみ、即座に行動に移しました」
なんと、この後すぐにアメリカに勉強に行く事を決めたという。
「何かやりたいと思ったとき、私はそのやりたいことだけに集中するようにしています。お金の事や仕事の事を先に考えてしまうと、結局ネガティブな要因ばかりになってしまい、本当にやりたいと思うことがもの凄く遠く感じてしまうからです。私が教育を受けているピークピラティスの指導の基本的な考え方は、BODY(体)、MIND(心、思考)、SPIRIT(精神、感情)の3つを考慮するんですね。私も以前から心と体の結びつきはとても大きいと感じていました。トレーニングを受けているときも、マスタートレーナーからネガティブな言葉を言われた事がなく、とにかくみんな笑顔なんですね。
コンセプトやプログラムはもちろん、トレーナー陣にも心から共感でき、このプログラムを学ぶ事にやりがいと喜びを感じました」 そんなトレーニングを受けてきたからこそ、ヒューゴさんもクライアントに対してネガティブな言葉をかけることは無い。
「体の柔軟性も筋力も骨格も考え方もそれぞれみんな違って当然。それぞれに合ったスモールステップのゴールをたくさん与えてあげ、常に達成感を感じてもらいながら、前向きに行ってもらうようにしています」
インタビュー中、ヒューゴさんが連呼し印象的だった言葉。それが「前向き」という言葉であった。その前向きなSPIRITは彼の日本での行動にも現れている。実はヒューゴさんは、ピラティストレーナーとしての活動をする傍ら、男性雑誌『LEON』のモデルとして、誌面でまた違った一面を披露している。是非一度この雑誌を手に取っていただき、ヒューゴさんのもう一つのプロフェッショナルな顔を見てもらいたい。更に、パークハイアット時代にはバーを経営したり、アルゼンチンタンゴを唄う歌手としても活動していた。
「私の性格は飽きっぽいんです(笑)。だから、一つの事だけでは満足できないんですね」と、おどけた表情で謙遜してみせるが、それぞれの仕事にしっかりとしたビジョンを持っている。「今、モデルをやらせてもらっていますが、この仕事をきっかけにメディアを通じて、もっとピラティスやフィットネスが日常生活に溶け込めるよう体系化していきたいと考えています」 様々な仕事をされていても、ヒューゴさんの中では、全てピラティスやフィットネスに繋がればという思いが、言葉の端々に感じられた。最後に、ヒューゴさんの仕事に対するポリシーを聞いてみた。
「勉強したこと、知り得た事は自分だけのものではない。情報は全てオープンにし、みんなで共有していきたいと思います。絶対にクローズドマインドはダメ。人間は一人だけでは生きていけないわけだから。みんなでハッピーになりたいと思います!」
ハッピー、ポジティブ、オープン、集中…。彼から何度も何度も前向きな言葉のシャワーを浴び続ける事によって、私はすっかりヒューゴマジックにかかってしまった。遠くアルゼンチンから来たヒューゴさんに、毎日暗い話題ばかりの日本を、是非とも元気づけてもらいたいと心から願わずにはいられない。









取材後記
最近やけに小さなことにイライラする。その事柄にイライラしているというよりも、そんな小さなことにイラついてしまう事にイライラする(んっ?!よくわからない…)。ヒューゴさんと話していて、そんな自分がとても恥ずかしく感じた。彼から溢れ出ているオープンな空気。そしてあのキラキラとしたパワーはなんなんだろうか…。外見の格好良さは写真を見ての通りだが(カメラマンさんが、『本当にカッコいいですね・』と言うくらいカッコいい。私は言ってもらえたことがないが…(寂))、それ以上にマインド的な素晴らしさが表情や言葉に滲み出てきている。私とヒューゴさんは10歳違うのだが、あと10年後、ヒューゴさんのように度量ある男になれるよう、自分に期待しようと思う…。

INTERVIEWER 丸山 寛

丸山寛
有限会社スポーツゲイト代表取締役社長
有限会社スポーツゲイトホームページ
URL:http://www.sportsgate.co.jp
個人BLOG:http://sportsgate.blog81.fc2.com/