トップインストラクター・トレーナーに必須のビジネススキル基礎講座

インストラクターの輝き方
若手インスタラクター4名に目指すインストラクター像をインタビュー。
輝きのヒントがここにある!!

 好きな仕事を天職だと思ってやってみる
露久保俊彦さん
ティップネスアクアテクニカルチェッカー
JAFA/AQT
衝撃のレッスン
インストラクターの中に不妊に悩んでいる方や、妊娠しても育ちにくいという話もよく聞きますが、女性の生殖機能低下はストレスや無理なダイエット、不規則な生活、激しすぎるスポーツ等が関係している場合が少なくありません。激しいトレーニングをするアスリートは排卵障害や無月経が起きやすく、これはスポーツが身体に過度な負担をかけることでホルモン分泌のバランスが崩れたり、身体の水分量が不足するなどして、身体の正常なメカニズムを壊してしまうことがあるからです。オフシーズンには正常に戻るという人も、この状態を繰り返すことで戻らなくなってしまう人もいます。インストラクターにもこのような方がたくさんいらっしゃるようです。レッスンの本数が多く運動量が多すぎたり、インストラクターとしての体型を維持しようと体脂肪を低く抑えすぎたりしすぎると、やはり生殖機能の低下に繋がる可能性があります。体脂肪率と月経異常との関係はよく知られていますが、女性の場合、体脂肪は赤ちゃんを産み育てるためのエネルギーを蓄積するという重要な役割も持っているのです。体脂肪率は20~24%を目安にしましょう。
また、心身のストレスがホルモンバランスを崩すので、ストレスが軽減できるような生活習慣をつくること、そして身体だけでなく生活にも余裕を持つといいですね。妊娠を希望して2年以上妊娠しない場合は、やはり一度産婦人科に相談に行くことをお勧めします。流産に関しては、約90%が妊娠10週までに起こると言われています。早期流産のほとんどは、枯死卵といって、卵子が発育できない状態になってしまっていることが原因になっている場合がほとんどです。一般的に流産は全妊娠の10~15%に起こると言われています。妊娠期間は長い人生から見ればたったの10ヶ月。できれば、この期間は無理に仕事を続けようとか、一日も早く復帰しようとだけ考えずに、この時だけしか体験できない貴重な時間を過ごしていただきたいと思います。この期間に感じること、学ぶこと、体験することは、その後のインストラクター生活にとっても子育てにとっても必ず財産になると思います。レッスンを受ける参加者の立場になってみてはじめて学ぶことができる事もたくさんあります。レッスンを受けたり勉強をしたりできる時間を是非有効に使ってください。
仕事は恋愛と似ている
「寺本さんは僕の目標。その最大の魅力は、誰よりもアクアビクスを楽しんでいるところです。そしていつも凄いなと思うのは、絶対に他人を否定しないこと。相手の意見を一旦受け入れて、理解してからアドバイスや意見をくれます。それに素晴らしい方なのに、決して天狗にはならない。向上心を常に持っている方なので、付いていこうという気になります」
その寺本さんも、露久保さんに大きな期待をかけているようだ。露久保さんが消極的になるとすかさず“渇”が入る。
「『君に私を追い抜いて欲しいと思っていますが、今のままでは一生無理ですよ』というメールをいただいたことがあります。もっと貪欲に、物事にくらいついていく気持ちでやりなさい、というアドバイスだったのですが、目が覚めました。初心に戻ってやり直そうと、一年前のがむしゃらだった自分を取り戻そうと思いました」
寺本さんは露久保さんのインストラクター人生に大きな影響を与え続けている。
「以前、寺本さんがこの『ネクスト』でこう話していたんです。『何でもいいから、その仕事を天職だと思ってやれば取り組み方が変わってくる。たとえ3年後、それが天職でなかったという結果になってもいいじゃないですか』と。この記事を読んだとき、アクアビクスを通じて、人に健康や楽しさ、幸せを提供していくことが自分の使命ではないかと感じて覚悟が決まったんです。覚悟が決まると人間って強いですね。行動の起こし方も、考え方も変わります。でも大切なのは、この仕事を好きでやるということ。恋愛と似ているのかもしれません。好きな人のために何ができるかと考えて行動するのと同じように、その仕事を好きになったら、自分に何ができるかを考え、行動するようになる。ぼくは、アクアビクスの世界で、自分にできることを精一杯やっていきたいと思っています」
 体験することで自分の中の軸と、自分の魅力が見えてくる
穐里明美さん
メガロステクニカルアドバイザー
G-Sap主宰
「憧れ」を自分の「目標」に
穐里明美さんとエアロビクスとの出会いは、14歳のとき。芸能プロダクションに所属していた彼女は、体型を維持するためにスポーツクラブに入会。高校卒業後も芸能活動をしばらく続け、その後OLへ転身。運動不足解消のために再びエアロビクスを始めたことが転機となった。
「小さなスポーツクラブでしたが、素敵な女性インストラクターと出逢いました。とても元気で、その方に会うと私も元気になれる。人間的にも、女性としても素晴らしくて、インストラクターという職業に惹かれたんです。それで、その方にどうすればインストラクターになれるのか尋ねると、レヴァンの養成コースを薦められました」
仕事をしながら夜間養成コースに通うと、そこにまた新たな出逢いがあった。
「養成コースの講師陣は素晴らしい方ばかりで、衝撃的でした。なかでも高田(香代子)先生にはとても憧れました。インストラクターとしてだけでなく、女性として輝いていて。現状に満足せず、常に様々な刺激を受け、新しいことを吸収しながら突き進む。女性らしさの中にも強さを感じました。養成コースに入った途端に、インストラクターだけでなく、養成講師にもなりたくなったんです」
そうしてデビュー後1年でアシスタントとして、養成事業に携わるようになり、週26本のレッスンを担当する傍ら、ワークショップでの勉強に打ち込んだ。話題のものは必ずやってみるし、好きなことは突き詰めると話す穐里さんだが、興味のないものは、スパっと切り捨てる。
「以前は、他のインストラクターにできて、自分にできないものがあると、『ああ、私ってダメだな』と考えこんでいました。でも、あるときから『人は人、自分は自分』と、自分だからこそできることがあると思えるようになったんです。それから、すごく楽になりました」
多くのことを経験する中で、自分の中に好きか好きでないかの軸を掴みつつある。人より頑張れること、自分にしかない魅力を探りながら、飛躍を続けている。
夢は実現できる
穐里さんは、今、大学に通っている。養成コースでお世話になった先生に、時間とお金があるのなら毎年一つ新しい資格などを取るようにと言われ、これまで様々な資格を取得。そして、以前から考えていた大学受験に踏み切ったのだ。
「学科は福祉課です。自分の祖母と関わる中で、高齢者について学ぶ必要性を感じてましたし、フィットネスを活かせる学科を専攻したいという想いからです」
大学入学は、穐里さんには“フィットネス”を見つめ直す良い機会にもなった。
「以前、フィットネスがすべてという時期があって、息が詰まりそうになったことがありました。でも、大学に通い始め、全く違う世界に触れると、フィットネスの世界も別の角度から見れるようになって、気持ちに余裕ができました。時にはフィットネスと全く関係ないことをしてみると、改めてフィットネスの良さや好きな気持ちが確認できると思います」
大学4年生の穐里さんは、今秋には大学院を受験する。そのきっかけも、大学教授に憧れたからとか。
「今学んでいることをより深く研究したいと思っています。フィットネスの楽しさ、それはどこから生まれるのかを探求してみたい。特に高齢者の心と体の関係に焦点をあて、どんなときに、どう楽しいと感じるのかを調べて、新しいプログラムを開発できたらと思っています」
「夢は大きく、できないことはない」そう語る彼女は、自身が憧れるインストラクターや、憧れる人物を目指して、益々輝いていくに違いない。
 明るく諦めて、今出せる最高のものを出していく
菅原修さん
スポーツクラブルネサンス千里中央
フィットネスインストラクター
これしかないっ!!
九州男児の菅原修さん。スポーツクラブで働きたいという想いを胸に、専門学校進学のため大阪へ。最初は、ただ漠然とした想いしかなかったが、エアロビクスの授業がその想いを一掃した。
「『かっこいい』というのが第一印象。インストラクターの先生が輝いていて。『これしかないっ!!』と感じました」
すぐに専攻をトレーナー科からエアロビクス科に変更。既にエアロビクスを生業としようと決意を固めていたという。
「卒業まで、その先生に学びました。授業では、挨拶や時間厳守など、社会人として最低限必要なことを言われました。レッスンも基本重視。最初の華やかな印象からかけ離れすぎていて、ジレンマを感じ、先生とぶつかることもしばしばありました。でも今になって基本動作の重要性を実感しています」
だが卒業直後は苦労した。大手フィットネスクラブで早速レッスンを担当したが、学校で教わったのは基本の徹底。それだけでは、お客様を満足させることは難しかった。
「悩みました。でも、ありがたいことにチーフや先輩が親身になってアドバイスしてくださって。特に、あるスタジオ担当の先輩は休日も僕のレッスンに出て、レッスンづくりの所謂応用編を教えてくれました。学校での基本と、このとき得た応用編が自分の中でカチッと組み合わさって、次第に納得できるレッスンができるようになったんです。その人のことは、今でも師匠と呼んでいます」
そのとき出せる最高のものを出す
「レッスンはライブ、そのとき出せる最高のものを出さなければなりません。自分がレッスンできるのは、お客様あってこそ、そしてクラブの協力があってこそ。自分のレッスンに携わっている人には感謝の気持ちを持って接しています」
菅原さんの考え方は、住職である父親の影響も大きい。
「父は、住職以外にも色々な代表を無償でやっていました。そして、常に周囲の人に感謝の心で接していました。以前は理解できなかったのですが、今では、そうあるべきと考えさせられます。父は、以前、ある集まりで大役を授かり、気が重かったけれど、ありのままの自分を出そうと決めたら、肩の荷が下りたと言っていました。その後、ルネサンスのスキルアップセミナーで、望月美佐緒さんが『諦める、明るく諦める。いい意味で諦めて、今出せるものをすべて出せばいい』と言われたのです。父の言葉と同じことだったので、驚きました。それまでの僕は、うまくまとめようとして殻を破れませんでした。アドバイザー願望を抱えながらも、自分はまだ早いと躊躇して足踏み状態。でも、今は失敗を恐れずに行動を起こしてみようと思っています」
大好きなエアロビクスを長く続けるために
菅原さんは、将来的にはインストラクターの育成に携わりたいと話す。それは、自身が学校で教わったように、テクニックだけではなく、社会人として必要なことも伝えていきたいと考えるからだ。
「僕はエアロビクスが一番好きだし、できると思っています。だから、この仕事を長く続けていくために、健康管理、資産運用、最低限の保険など、自己管理はしっかりしています。将来は、インストラクターが抱える問題を取り除けるようなインストラクターになりたいです。みんな好きでインストラクターになったわけだし、各々素晴らしいものを持っています。それを磨いて、お互いに長く輝けるような場を創りたいと考えています
 人を惹きつける力をつけたい
古川梓さん
セントラルウェルネスクラブ柏
フィットネスインストラクター
「ありがとう」の言葉に感動
インストラクターになって8年目を迎えた古川梓さん。セントラルウェルネスクラブ柏店のオープニングスタッフでもある。当初は、アルバイトスタッフとして勤務。その後、社会保障が付いた雇用形態へ移行し、現在もほぼ毎日クラブに勤務している。でも社員ではない。少し不思議な立場である。
「実は母親も同業で、インストラクターをやっています。高校生のときにダンスがやりたくて、母が働いていたフィットネスクラブに入会しました。ヒップホップダンスのレッスンを受け始めたのですが、先生が魅力的な方で。ダンスだけでなく、ジムの指導、ストレッチも何でもできて、その教え方がとてもうまかった。レッスンを受けるたびに興味がどんどん湧いて。その先生に憧れて、インストラクターになりたいと思い始めたのです」その後、同クラブでアシスタントとしてレッスンを担当する事になる。
「まだ学生の自分に、トレーニングを終えたお客様が『ありがとう』って言葉を返してくれたことが、すごく嬉しくて、嬉しくて。『インストラクターとしてやっていきたい!!』という気持ちが高まった。そんな折に、この柏店がオープンすることを知り、早速応募したのです」
自分を出せる“スピニング”
高い倍率をクリアして、セントラルウェルネスクラブ柏店の採用試験に合格。年齢も一番下、経験もない古川さんは、ジムスタッフからスタート。地道な努力と先輩方のサポートのもと、スタジオ担当への道を切り開いた。インストラクターとして極める道を見出したのは、スピニングとの出合いからだった。
「初めてスピニングを体験したのは、4年前のイベントです。スピンニングで行う深呼吸は、独特なポーズをとるのですが、そのイベントの最後に参加者約70人全員が、その深呼吸に集中。それはもう衝撃的でした。音楽もなく、シーンとしている中で、聞こえてくるのは『スィー、スィー』という深呼吸の音だけ。その一体感と、そのインストラクターの人を惹き込む力に感動しました」
その後、スピニング指導に積極的に取り組むが、試行錯誤することもあった。
「スピニングには、“静”と“動”があって、インストラクターは最低限のキューイングで、お客様を集中させなくてはなりません。最初はそれができなくて。でも、他のインストラクターは自分とは違うことに気がつき、色々な人のリードを参考にして、自分に欠けていたものを吸収しながら、自分らしさもわかってきた気がします。今はスピンニングが一番自分を出せるレッスンです」
スタッフとの“絆”
レッスンの他にも、スタジオ系のプログラムの管理、イベント企画なども手がけている。会議にも出席するなど、柏店では社員同様の活躍ぶりだ。
「スタッフが一丸となってクラブを盛り上げる、そういうことも大好きです。柏店のオープニング時に、社員の方々が私たちを団結させてくれたことは今でも覚えています。当時のスタジオ担当の方や、私を公私に渡り今のポジションまで育ててくれた上司の方に憧れ、いつしか自分も同じようなことができるようになりたいと思っていました。実は、3月にスピニングのイベントを初めて企画~実施したのですが、スタッフの皆の協力を得て、120名ものメンバーが集まり大成功。ものすごい達成感を皆で味わうことができました。タイトルは『絆』、その名の通りのイベントになりました。今後も、憧れるインストラクターや先輩を目指して力をつけていきたいと思います」